サハリンの優位性は圧倒的な近さにある~「フライト3時間圏内のマーケティング」とは
11月12日(金)、サハリンの人たちを対象にしたオンライン観光セミナーが開催され、ハバロフスクチャンネル編集長の中村正人が講師を務めました。セミナーを主催してくれたのは、外務省が日露経済関係の分野で活躍する人材を発掘し、育成するためにロシア連邦内6都市に設置した機関のひとつ、サハリン日本センターです。
実をいうと、このセミナーは昨年に続き2回目です。昨年のセミナーのタイトルは「日本人ガイドブックライターから見たシベリア・極東ロシアのブランド化の手法」というものでした。
会場のユジノサハリンスクの日本センター内には、昨年に続き、このセミナーに参加された方も多かったようです。今回はその続編ということで、サハリンの観光や文化の情報をいかに情報発信していくかについての中村の考えやこれまでの実践をお話ししました。
今回のタイトルは「サハリン観光の未来への提言とご協力のお願い」というものです。
ですからこの内容は、サハリンのみなさんからみれば日本人を対象とした「インバウンド観光」、日本人からみればロシアへの「アウトバウンド観光」の課題を解決することが目的です。立場は違っても、いかにわれわれが協力できるかということがテーマです。
簡単に中村のプロフィールを紹介しています。
中村は、ツーリズム・ビジネスを専門としたジャーナリストで、「地球の歩き方」という日本で唯一の極東ロシア専門の旅行ガイドを制作しています。またインバウンドツーリズム評論家として、訪日外国人に関わるさまざまな問題を批評してきました。ここに並べたのは、この3年間に書いた本の表紙ですが、実をいうと、もうひとつの専門分野である中国関連の本もあります。
今回のセミナーの内容は以下の3部に分かれていました。
・第1部 昨年のおさらい
・第2部 この1年の取り組みとわかってきたこと
・第3部 これから始めるべきこと
本稿では、まず第1部の内容、すなわち昨年のセミナーでお話ししたことをコンパクトにまとめてお伝えすることにします。
それはひとことでいえば、サハリンの優位性は圧倒的な近さにある。それゆえに「フライト3時間圏内のマーケティング」を採用すべきだというものです。いったいどういうことでしょうか。
以上の前ふりのあと、日本人のロシア旅行市場の推移を振り返りました。
ロシアを訪れる日本人観光客はこの10年一進一退を繰り返しています。コロナ前の2019年は80,313人でした。一方、日本を訪れるロシア人は増えています。2019年は約12万人で前年比26.6%増。非アジア圏の国ではトップの伸び率でした。
では、日本人のロシア旅行が伸び悩む背景には何があるのでしょうか。理由は日ロ双方にあると考えられます。
まず日本側には長期経済低迷、それゆえの海外旅行者数の伸び悩みがあります。1990年代半ばからほとんど増えていませんでした。ただし、2019年は過去最高の2000万人超で、復調の兆しも見られ、旅行関係者の期待は大きかったのですが、コロナに撃沈されてしまいました。
さらに、日本に流通するロシア報道に偏りはないか? という疑念もあります。あとで説明しますが、日本ではロシアの旅行情報は圧倒的に少ないです。しかも、極東ロシアに関する情報は時代の変化に追いついておらず、一般の日本人にそこがどのような場所なのかイメージさせることを難しくていました。
一方、ロシア側はどうか。日本人からみると、ビザの取得に手間がかかり、移動の自由が難しかったことがありました。もっとも、この課題は2017年夏以降の電子ビザ発給で解決に至る道のりが開けました。もうひとつは、ロシアの旅行関係者のみなさんが、日本人観光客の実像やニーズをうまくつかめずにいるのではないかという点でした。
日本における極東ロシア観光の転換点は、先ほどお話しした2017年夏に電子ビザ発給が始まったことです。2017年8月ロシア沿海地方、以後、18年9月よりハバロフスク地方、さらにアムール州、サハリン州、カムチャツカ地方ほかでも始まりました。
これでビザ問題の解決が一気に進みました。次に着手すべきは、もうひとつの問題の解決。すなわち、「日本人観光客の実像やニーズ」に即した情報発信を始めることです。
手前ミソな話をさせていただきますが、中村は極東ロシアにおける電子ビザ発給が始まる数年前から、この地方の旅行案内書をつくる準備を始めていました。そして、電子ビザ発給直後の2017年秋にウラジオストクで取材を行い、日本で初めてとなるウラジオストクの旅行案内書「Platウラジオストク」を2018年4月に刊行しました。
この本は時事通信や朝日新聞など、いくつかのメディアで注目されました。実は彼らはロシア担当の記者で、中村にこう言いました。「このような極東ロシアの魅力的な観光や生活文化の明るい側面をまっすぐ紹介する旅行案内書はなかった。我々メディアはロシアの政治や経済方面の記事ばかりを配信し、これほど日本に近い極東の事情を伝えることができていなかった」。
おかげさまで「Platウラジオストク」は発売後、何度も版を重ね、多くの人に読まれました。ウラジオストクの友人によると、現地を訪ねた日本人は必ずこの本を手にして町を歩いていたといいます。なぜなら、当時ウラジオストクを案内する唯一の本だったからです。
この本の特徴をひとことでいえば、現地取材を通じて「日本人観光客の実像やニーズ」に即した情報をコンパクトにまとめたガイド書であることです。何より極東ロシアが日本人にとって魅力的な観光地であることを伝えた意味が大きいと自負しています。
こうして2017年以降、ウラジオストクを訪れる日本人観光客が増えていきました。2010~16年は5~6000人で推移していましたが、2017年18300人、2018年13500人、この年はロシアでサッカーワールドカップ大会があり、多くの日本人は試合会場のあるロシア西部を訪れたからですが、2019年には28000人強となりました。つまり、沿海地方への日本人旅行者数が5倍になったのです。
当然、日本とウラジオストクを結ぶフライト数が急増しました。2019年まではもっぱらS7などロシアの航空会社だけが飛んでいましたが、2020年3月にはついに日系のJALやANAも就航を開始しました。
ところが、2020年春、新型コロナウイルス感染拡大により、すべては振り出しに戻り、現在に至っていることはご存知の通りです。
振出しに戻ったいま、私たちは何を考え、どうすべきでしょうか。
よく日本の観光マーケティングの現場では「地域の宝」について議論されます。その地域に住む人々が誇りに思っている観光資源を指すのですが、必ずしも観光客が地域の人の思いどおり、その宝を受けとめ、評価してくれるとは限らないという現実があります。これはツーリズムのジレンマ(dilemma)とでもいうべき問題です。
つまり、地域の人にとって誇りある観光資源も、相手によって見え方が違ってくることがあるのです。これは残念なことですが、世界中どこでも抱えている問題であり、段階を踏んで解決していくべきことだと考えます。
まずは訪れてもらわなければ、何事も始まりません。そのためには、地元の価値を相手に即して相対化する視点が必要です。
たとえば、モスクワやヨーロッパからみると、極東ロシアは豊かな自然を舞台としたアドベンチャーやエコツーリズム(eco tourism)を体験できる旅行地としてみなされがちですが、はたして日本から見ると、どうだろう? これが相対化ということで、相手の視点に立ってみると、これまでと違う自分たちの姿が見えてくることがあります。
ウラジオストクを訪れる日本人が増えていた2019年11月のロシア観光メディアの報道で「日本人にとってウラジオストクは最も近いヨーロッパの都市です」という記事がありました。すなわち、日本から極東ロシアを見るとき、モスクワやヨーロッパの人たちとは決定的に違う見方があるということです。そこには、アジア文化圏に囲まれた極東ロシアの稀少性や優位性が浮上してくるのです。
外国客を呼ぶには「相手の視点」を理解する必要があるというのはそういうことです。具体的にいうと、「いま日本人はロシアのどんなところに興味・関心があるのだろうか?」について知ることが重要です。
日本から見たサハリンとは? その最大の特徴は、日本から圧倒的に近いという優位性があることです。札幌からはもとより、成田からのフライト時間わずか1時間20分。昨年、この事実をふまえ、求められるのは「フライト3時間圏内のマーケティング」だとお話ししました。
一般に旅行先が遠距離である場合と近距離では、旅行者の観光行動が異なってきます。遠いと大きな目的を達成するための長期旅行になり、近いといつでもまたすぐ行けることから、短期旅行になることが多いと思われます。
日本を中心にしたフライト3時間圏内の同心円内にあるソウルや台北、上海といった都市でいま行われている観光マーケティングの手法は、まさに短期旅行を主にしたものです。同じことを極東ロシアでも採用すべきなのです。
「フライト3時間圏内のマーケティング」、すなわち日本人の韓国・台湾旅行から学ぼうというのは、そういう理由からでした。一般に日本では韓国や台湾旅行のスタイルを「安近短(「アンキンタン」=安く、近く、短い旅行)」と呼んでいます。
「安近短」旅行の特徴には以下のようなものがあります。まず日程は3泊4日程度。旅行目的は「見る」「買う」「食べる」。右の写真は「ブルータス(BRUTUS)」という日本の人気雑誌の台湾旅行特集の表紙ですが、タイトルに「101 THINGS TO DO IN 台湾」とあります。
その内容は、台湾の生活文化を思う存分体験したいということです。なぜ生活文化なのかというと、日本人の多くが台湾に親しみを感じ、現地の人たちの生活に触れることに喜びを感じているからです。
具体的にいうと、レストランやカフェ、ショップ、ナイトマーケット、市場など、「見る」「買う」「食べる」を体験できるあらゆる場所が紹介されています。
そして、この旅行の主役は圧倒的に女性です。このような旅行の楽しさは、ロシアの女性のみなさんも共感するのではないでしょうか。
なぜそれだけで満足なのだろうか? と思う方もいるかもしれませんが、「近いから気軽に何度でも行ける」ので大丈夫なのです。何度も通ううちに、その土地の文化をだんだん理解してくるようになる。それが喜びなのです。このような旅行が支持されていることは、2019年の訪韓日本人約300万人、訪台日本人は約200万人というデータから立証されています。
ここまでが第1部の内容です。
残念なことですが、いまほとんどの日本人がサハリンの面白さを知らないと言っていいと思います。一方、サハリンの人たちも自分たちの何をアピールすればいいかわかっていないように思いました。それをつなげるのが、ハバロフスクチャンネルの役割だと自負しています。
第2部以降は、別の機会にお伝えする予定です。
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