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-ハバロフスクの公共施設情報-
ハバロフスク旅行で役に立つ空港や鉄道などの公共施設情報を、ハバロフスク在住の日本語の話せる現地旅行スタッフや日本人留学生がレポートします。施設の情報やオススメポイントも丁寧に紹介しますので、知っておくとハバロフスク滞在中に困ったときや情報を探したいときなどにサポートになりますよ。

1日かけてのんびり歩こう!ユジノサハリンスク散策モデルコース
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1日かけてのんびり歩こう!ユジノサハリンスク散策モデルコース

ユジノサハリンスクは、人口20万人ほどの小都市。1日位かけて、のんびり街歩きするにはちょうどいい大きさで、日本との歴史的なゆかりのあるスポットも多く、知的な刺激を受ける要素が盛り沢山!サハリン観光局が作成したマップを頼りに、散策コースを紹介します!

ロシア選手が強化合宿
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ハバロフスクと東京オリンピックの関係は?ロシア選手が強化合宿

実はハバロフスクは、東京オリンピックに派遣される6つの競技のロシア代表チーム約150名の強化合宿の場でした。日本からフライト3時間の近さと、市内の充実したスポーツ施設が揃っているからです。そこで、今回はハバロフスクにある3つのスポーツ施設を紹介!

緑が多くてゆったりとした町ハバロフスクの魅力
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「緑が多くてゆったりとした町」~ハバロフスクの魅力を語ろう

ウラジオストクチャンネルのアンナさんがハバロフスクに!町の魅力は緑が多くゆったりした雰囲気だそう。アムール鉄橋を眺めたり廃墟で撮影した後、このサイトを見て興味を持ったアムール川鉄橋歴史博物館やレストランのスルタンバザールに行った感想をレポート!

杉原千畝の記念プレートがあるビロビジャン駅など、ハバロフスク近郊の鉄道駅4選
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杉原千畝の記念プレートがあるビロビジャン駅など、ハバロフスク近郊の鉄道駅4選

ハバロフスク駅舎やエロフェイ・ハバロフの銅像は、多くのガイドブックで紹介されています。しかし、ユダヤ人の命を救った杉原千畝の記念プレートがあるビロビジャン駅など、日本とのゆかりやデザイン的に特徴のある駅舎が残り、今も列車の発着を見守っています

サハリン州立歴史博物館
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樺太時代をいまに伝えるサハリン州立歴史博物館

サハリン州立歴史博物館はサハリンが樺太と呼ばれていた時代があったことを伝えてくれます。2階には「サハリン島と千島列島の発見と開発」があり、18世紀に日本人とロシア人がこの地域を探検し、間宮林蔵がサハリンが島であることを最初に発見。サハリンの子供たちは、かつてサハリンの南半分が日本領であったことをここで学びます。日本の子供たちもぜひ一緒に学んでほしいですね。

ハバロフスク~ウラジオストク間の昼間の特急列車が運転を開始
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ハバロフスク~ウラジオストク間の昼間の特急列車が運転を開始しました

現在運休中の夜行寝台特急「オケアン」号に代わり、ハバロフスク~ウラジオストク間で昼間の特急列車が運転を開始しました。日本人観光客もよく利用してきたハバロフスク~ウラジオストク間の「オケアン」号は昨年から運休しており、これに代わって、昨年12月から、ハバロフスク~ウラジオストク間には昼間の特急列車が運転を開始。これまでの「オケアン」号や他のロシアの長距離列車と比べても、いくつかのユニークな特徴をご紹介します。

ハバロフスクではあちこちで野外スケートリンクがオープン
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市内のあちこちで野外スケートリンクがオープンしています

ハバロフスクではアムール川が氷結する12月になると、市内のあちこちに野外アイススケートリンクがオープンします。その数およそ12カ所、多くは市民の憩いの場である公園がスケートリンクに早変わり。若者がコートを着たままスケートシューズに履き替えて滑っていたり、ホッケーの様な球技を楽しんでいたりと、冬でもとてもアクティブ。

ロシアの民族衣装は美しい装飾的な刺繍で彩られています
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ロシアの民族衣装は美しい装飾的な刺繍で彩られています

ハバロフスク地方グロデコフ記念郷土史博物館で、19世紀から20世紀初頭にかけてのロシアの民族衣装の企画展が開催されています。ロシアと旧ソ連邦の各地に住む人々の伝統的な衣装や帽子や靴などの展示を通じ、ロシアの民族文化の多様性を伝えようとしています。装飾的な豊かさを誇る美しい刺繍の伝統的な技法は、アート作品と呼びうるような傑作を数多く生み出しました。

ナナイ人の伝統料理「タラ」
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先住民族ナナイ人の住む村でルイベに似た伝統料理を味わう

アムール川のほとりにシカチ・アリャンという名の集落があります。そこに住むのはツングース系の先住民族ナナイ人。民族衣装やアクセサリー、この村の昔の暮らしの写真などが展示された博物館を見学した後、伝統的な食事が楽しめるのも魅力。名物の「タラ」はアムール川で採り、冬場に冷凍保存したコイなどの川魚を生食する料理。食事の後は伝統的な遊戯、弓や砲丸投げなどを体験できるこの先住民族のカルチャープログラムです。

古地図
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極東ロシアの歴史は、シベリア横断鉄道抜きには語れません

今回はシベリア横断鉄道の歴史です。現在の極東ロシアに至るには鉄道の存在が大きく1860年に北京条約を調印後、極東はロシア人の活動する舞台に。19世紀にはハバロフスクやウラジオストクなど多くの町が建設。当時の鉄道建設は斧やシャベルを使った手作業の為、困難なものでした。驚くことに多くの日本人も建設に携わっていたそうです。