サハリンの魅力はロシアの生活文化とスローライフ(Slow Life)にある
11月12日(金)、サハリンの人たちを対象にしたオンライン観光セミナーが開催され、ハバロフスクチャンネル編集長の中村正人が講師を務めました。前回の続きとなる第2部を報告します。
このセミナーは地元メディアでも取り上げられたようです。
第2部のタイトルは「この1年の取り組みとわかってきたこと」です。どういうことなのでしょうか?
この数年、旅行案内書の制作や情報サイトの運営を通じてはっきりわかったことがあります。それは、極東ロシアは日本人にとって魅力的な観光地だということです。もちろん、サハリンもそうです。
理由は2017~19年までの取り組みが功を奏し、市場が動き始めていたからです。
実をいえば、2017年以前、日本人にとって極東ロシアは旅行先としての視野に入っていなかったといえます。それは旅行業界や航空業界も同じでした。しかし、いまは変わりました。そうである以上、私たちはコロナが明ける日に備えてやるべきこと、すなわち情報発信を続けることに意味があると考えています。
観光マーケティングの世界では、情報発信を3つの段階に分けて内容を差別化する必要があるといわれています。それは「旅マエ」「旅ナカ」「旅アト」というものです。
「旅マエ(before trip)」とは、旅行先を決めるため、計画づくりに役立つ情報です。「どこへ行く?」「どうやって?」「どこに泊まる?」「何をしたい?」「何を食べる?」「おみやげは?」……。これを考えるときに重要なのは、何度も言いますが、相手の視点で情報を選ぶ必要があるということです。
「旅ナカ(on trip)」は、旅行中に必要とされる実用的な情報であるとともに、現地だからこそ、リアルタイムで得られる最新情報です。旅のサプライズ(surprise)や思い出づくりにつながるものです。ただし、どうやって届けるかという課題があります。
「旅アト(after trip)」は帰国後、家族や友人におみやげを渡したり、旅の思い出をSNSに投稿したりする喜びをサポートする情報です。これは旅行関係者にとって重要です。なぜなら、旅行者たちが自発的に情報を拡散してくれ、それが新たな顧客の獲得につながり、リピーターを生んでいくからです。旅行者にサハリンファンになってもらうために、どんなしくみをつくるか考えなければなりません。
この1年間、コロナ禍で国を超えた人の移動が難しいいま、自分に何ができるか考えてきました。それは、できるだけ多くの「旅マエ」情報を集め、アーカイブ化を進めていくこと。いますぐそれらの記事が読まれなくても、アフターコロナの日が来たとき、活用するために準備しておこう。それは未来への投資だと。
では、実際、どんなことに取り組んできたのか。正直いって「旅マエ」の状況がここまで長く続くとは思ってもいませんでしたが、次のようなことを行っていました。
まず各種メディアやSNSへの情報発信です。中村はForbesJapanという雑誌のオフィシャルコラムニストで、定期的に極東ロシアの観光情報を記事化しています。
そして、極東ロシアの観光ニュースサイト(ウラジオストクチャンネル、ハバロフスクチャンネル)を2020年初春に立ち上げ、毎週記事を配信しています。
なぜこのふたつの都市の名を冠したサイトなのかというと、設立メンバーのひとりに、いまから100年前ハバロフスクに住んでいた竹内一次という事業家のひ孫の方がいて、ハバロフスクとの交流を進めたいという思いがあったからです。
極東ロシアの中ではウラジオストクの情報発信力が圧倒的に強いため、単独のサイトとして、そしてもうひとつのサイトであるハバロフスクチャンネルの中で、サハリンやアムール州など、ウラジオストク以外の極東ロシア全域の情報を発信しています。
では、どんな情報を発信してきたのでしょうか。コロナ前までは、「地球の歩き方」などのガイド書の制作のため、極東ロシア各地を訪ね、現地で取材してきた情報がたくさんあったのですが、すでに2年間訪れていないので、いまはウラジオストクやハバロフスク、ユジノサハリンスクの観光局や旅行関係のみなさんに写真や動画、情報を送っていただき、記事として編集し、配信しています。その一部はインスタグラムでも配信しています。
これまで以下のような記事を配信してきました。
- 各種イベント(東方経済フォーラム、マラソン大会、音楽フェスティバル、フードフェスタなど)
- 季節のお祭り(マースレニッツァ、ピオネールの日、イワナ・クパーラ、クリスマスなど)
- 市場やスーパーの紹介(どんなものが売られているか)
- レストランやカフェのオープン情報やメニュー紹介
- バーやライブハウス、などのナイトライフ情報
- ショップのオープン情報や商品紹介
- ホテルやホステル、サービスアパートなどの宿泊情報
- 鉄道旅行やバスなど交通情報
- 現地在住の魅力的なロシア人へのインタビュー
これらの情報は旅行に行けない現在、何の役にもたたないものかもしれませんが、「旅マエ」情報として、多くの日本人に極東ロシアに親しみを感じてもらうよう努めました。これらはウエブ制作チーム全員がボランティアで地道に行ってきたものです。
以下は、この1年の記事配信の中で日本の読者の関心が高かった観光素材やテーマ、それに対する読者のコメントなどを紹介していきたいと思います。
まずロシアの春祭り「マースレニッツア」です。ハバロフスクチャンネルでは、サハリンの日本語ガイドの方から写真をお送りいただき、記事をつくりました。こんなコメントがありました。
「ロシアの人たちがどれほど春を待ち遠しく思っているか、よくわかりました」
「キリスト教より古い宗教が人々の暮らしに残っていることが興味深かった」
「ブリヌィがおいしそうで、食べたくなった」
次は「ダーチャ」です。この記事はサハリンではなく、ウラジオストクやハバロフスクから送られたのですが、多くの日本人にダーチャが魅力的に映りました。
「ロシア人の生活にダーチャの存在が大きいことがわかった。多くの人が菜園を持っていることがうらやましく、憧れる」
「ロシアのスローライフについてもっと知りたい」
そしてユジノサハリンスクの「スキー場」に多くの人が注目しました。
「サハリンにこんな素晴らしいスキー場があるのは知らなかった。ぜひ行ってみたい」
「リフトからの雪山やユジノサハリンスクの街並みの眺めが美しい」
「鉄道博物館」も関心が高いようです。
「鉄道好きの日本人は多いが、日本との歴史的なつながりを強く感じさせる」
「日本時代のラッセル車などの車両が展示されていて、面白い」
「サハリンの鉄道に乗ってみたい」
なかでも最も反響が大きかったのが、ユジノサハリンスクのジョージアレストラン「ティフリス(Тифлис)」の記事でした。
「日本からこんなに近いのに、このようなおしゃれな店があるとは、まったく知らなかった」
「コーカサス料理のレストランがサハリンにあることに驚いた。とても素敵な雰囲気なので、ぜひ行ってみたい」
なぜ反響が大きかったのでしょうか。
友人と一緒に「食べるぞ!世界の地元メシ」というFacebookグループを運営しています。コロナ禍で海外旅行に行けないなか、これまで旅先で食べた魅力的な料理をみんなで投稿して共有しようという目的で今年1月から始めたものです。
みんな海外旅行に行けないので、その残念な思いを共有した多くの人たちが参加し、2021年11月中旬現在4万1000人がメンバーとなりました。毎日50~60人が世界各地で自らが食べたさまざまなグルメの話題を投稿する巨大なグループとなっています。最近は海外在住の日本人や外国人まで投稿しています。
先日、サハリンのジョージアレストラン「ティフリス(Тифлис)」を投稿したところ、2万2000人以上が閲覧しました。
みなさんどうお感じになったでしょうか。サハリンには豊かな自然や素晴らしい観光資源がいくつもあります。ただし、いま必要なのは「発想の転換」です。
フライト1時間20分という近さをふまえ、日本の旅行市場にPRすべきものは何か? 日本の旅行者にサハリンの魅力に気がつかせる有効な観光素材とは?
それは「ロシアの生活文化」と「意外性」です。ここでいう「意外性」とは、あくまで日本人から見た意外性ということですが、もしかしたらロシアのみなさんにとってもそうかもしれません。それはどういうことなのか?
なぜスキーや鉄道博物館、ジョージアレストランに関心が寄せられたのでしょうか? そこに日本人がこれまで抱いていたサハリンに対するイメージを一新するものがあったからです。意外性というのは、もちろんポジティブ(positive)な意味です。
これらの記事を見た多くの日本人はこう思ったのです。
「最新のスキー場のシーンが魅力的だった」。これは失礼な話ですが、サハリンにこんなに素晴らしく、新しいスキー場あるとは思ってもいなかったのです。
「鉄道ファンでなくても興味深い」「日本の鉄道との歴史的つながりがあること」。多くの日本人は漠然と南サハリンが樺太だったことは知っていますが、詳しいイメージを持っていませんでした。それゆえ鉄道という存在を通じて両国の歴史がつながっていることに気づいたのです。
「サハリンにコーカサス系や中央アジア系の人たちが暮らし、レストランがあることを知らなかった」。これは多くの日本人にとって驚きだったようで、サハリンに対する関心を呼ぶテーマとなったようです。
多くの日本人がロシアの多民族国家としての特性に想像力を働かせることができたから、注目したのだと思います。背景に、最近の日本ではコーカサスや中央アジア旅行が人気であることも考えられます。極東ロシアは、日本から見ると、ユーラシアのゲートウェイだといえるのです。
これまでの話は、あくまで日本人から見たときの意外性です。サハリンのみなさんにとってはごく当たり前の話であり、なんら特別なことではなかったに違いありません。ところが、地元の人にとって当たり前のことが、外国人から見たとき、意外性を感じ、強く惹かれることがあります。
たとえば、これはその他の記事に対するコメントの一部です。
「タラバカニより正式なロシア料理が食べられることのほうが日本人には魅力的」
「キリル文字が新鮮。カフェやレストランのデザインがおしゃれでいい」
「カフェで働くサハリンの若者が楽しそう。行ってみたい」
なぜでしょうか? それは先ほども言ったように、これまでのサハリンに対するイメージや先入観を覆しているように見えるからです。
こうしたことは、もちろん日本人のロシアに対する無知や無理解からくるものですが、隣国であってもお互いを理解し合うことは難しいものです。でも、いま状況は少しずつ変わりつつあります。
では、日本人から見たサハリンの魅力とは何かについて考えてみましょう。それは、ひとことでいえば「ロシアの生活文化」や人々の暮らしぶりだと思います。
具体的にいうと、教会やカフェ、スタローヴァヤ、市場、ダーチャのようなロシアの日常的な生活文化を知りたいし、見てみたい。地元の人たちと同じものを食べたり、触れ合いたい。
このような認識は、日本人が韓国・台湾旅行に求めるものに近いといえます。これは極東ロシアに広大な自然を体験しに来るモスクワやドイツの人たちとは見方がまったく違います。
サハリンの魅力はロシアの生活文化とスローライフ(Slow Life)にあるのです。
ここまでが第2部の内容です。
最後の第3部ではサハリンの新しいイメージづくりのための戦略についてお話しします。
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