アムール川のほとりで味わう不思議なアジア料理とスーパードライ
本ニュースサイトでは、これまでハバロフスクのすてきなレストランを数多く紹介してきました。
今回紹介するのは、ちょっと不思議なアジア料理レストランです。
まず店の名前が面白いです。「オーロラときつね(А В Р О Р А и Л И С)」といいます。
場所は、アムールの川岸からまっすぐに延びるムラヴィヨフ・アムールスキー通りから少し脇道に入った先にあります。
このレンガ造りのクラシックな建物の1階です。
店の扉を開けると、奇抜な内装に驚かされます。
床に置かれたくぼみのある巨大な白い石と、その背後の壁にはひょうたんのような、あるいはマトリョーシカのような木彫りのオブジェが並んでいるのです。天井は、極東ロシアの湖水に咲く蓮の大きな葉で覆われた幻想的な装飾が施されていて、蜂の巣のような蓮の花托をデザイン化した照明が吊り下げられています。まるで現代アートのインスタレーションのような内装です。
席についてメニューをみると、なぜか表紙に日本語で「わび」「さび」と書いてありました。また「宇宙の美学」と漢字で書かれています。
意外だったのは、ドリンクメニューのビールの欄に生と瓶のアサヒスーパードライがあったことです。しかも、この店で飲めるビール4種のうち3種がアサヒビールなのです。ハバロフスクには“アサヒ押し”の店はけっこうあると聞いていましたが……。
話題のレストランだそうで、店内には地元の家族連れやカップルなどが来店していました。
さっそく料理を注文しました。ナンプラーとニンニクで豚を炒めたタイ料理の「ムーガティアム」です。
それからこれはビビンバです。サハリンでもそうですが、ハバロフスクにもコリア系の住民がいて、韓国料理はふつうに食べられています。洋食中心のロシアでビビンバを食べるとホッとしますね。
それにしても、なぜハバロフスクにこのような店があるのでしょう? 3つの疑問が頭をよぎりました。
「なぜ極東の町にこんなしゃれたアジア料理のレストランがあるの?」
「斬新すぎる店の内装デザインは誰の手によるものなのか? 何を伝えようとしているのだろう?」
「メニューにスーパードライがあるのはなぜ?」
地元在住の日本語ガイドのエレーナさんによると、極東ロシアの町ではジョージア料理のようなコーカサス地方や中央アジアのレストランが多いのですが、最近はタイや韓国、日本料理を出すアジア料理レストランも増えているそうです。
外務省が日露の経済交流促進のためにロシア国内6都市に設置している機関のひとつ「ハバロフスク日本センター」の北村彩乃さん(当時)に先ほどの3つの疑問をぶつけたところ、次のように話してくれました。
「ハバロフスクをはじめ極東ロシアの人たちは、バケーションでタイやベトナムに行くことが多いんです。旅行先でアジア料理に触れる機会が増えたので、ハバロフスクでもアジア料理を出す店が増えてきているように感じます」
ロシア人の海外旅行先はこれまで中近東方面のビーチリゾートが定番でしたが、アラブ世界で反政府デモが相次いで起こった2010~12年ごろの「アラブの春」以降、治安が悪化したことなどの理由から、タイやベトナムなど東アジア方面に移ってきたそうです。
ただし、極東ロシアでは中近東は遠いので、海外旅行先といえばもともと東アジア方面でした。彼らは2週間くらいかけてアジアのビーチでのんびり滞在します。極東ロシアの人たちと親しくなると、家族で行ったタイ旅行の写真をスマホで見せてくれることがよくあります。
では、この店の斬新なデザインのひみつは?
「レストランの2階にRIM studioというデザイン会社の事務所とショールームがあります。この店の内装を手がけたのが彼らで、デザイナーはゴルコヴェンコ ・グリゴリー・アレクセイヴィッチさんといいます。
ハバロフスク出身で、両親や兄ふたりとも全員建築家という家庭に育った人です。オーナーと知り合いで、最初は自宅のアパートのデザインを頼まれたところ、とても気に入ってもらったことから、レストランのデザインをまかされることになったそうです」
※RIM studio社のウェブサイトには、彼の手がけた事務所やマンションなどのデザイン例がいくつも紹介されています。
「外観はハバロフスクによくある赤茶色のレンガ造りの建物ですが、店内のレセプションに大きなマトリョーシカ型のオブジェが並んでいるのが印象的です(ひょうたんではなく、マトリョーシカでした)。
グリゴリーさんによると、マトリョーシカはロシアの民族的なシンボルとしての意味を持っていて、とても重要なコンセプトだったといいます。全体的には現代的なデザインでありながら、湖や花、植物といった極東ロシアの自然のイメージを内装に取り込むことで季節感を出そうとしたそうです。ですから、春には桜の花を取り入れるなど、季節によってデザインを変えているんです」
「オーロラときつね」という奇妙な店の名は、仕上がった内装デザインを見たオーナーが直感的に名付けたものだそうです。
北村さんはこの店の魅力を次のよう語ります。
「この店のスタッフは客に気さくに話かけてくれたり、おすすめメニューを教えてくれたり、とても好印象です。食後のデザートやコーヒーなど、なかなかこちらから声をかけないと対応してくれない店もありますが、ここではベストタイミングで提供されます。その理由はあとで気づいたのですが、ホールと厨房が無線を使って料理を出すタイミングをきちんと調整していたのです」
何ごとものんびりの国、ロシアでは一般にレストランの調理時間が長く、メニューにその料理の写真と値段、そして調理時間が書かれていることがよくあります。それを思えば、無線を使って調整するというようなきめこまかなサービスが提供されているとはかなりの驚きです。
では、最後の疑問。なぜこの店ではスーパードライを出しているのでしょうか。
「レストランのマネージャーに聞くと、アジアレストランだからロシアや欧米のビールではなく、アジアのビールを出したかったところ、バーの担当者が選んで決めたのだそうです。
実際、極東ロシアでは日本のビールは人気で、知名度も高い。町を歩くと、中古の右ハンドルの日本車が数多く走っているのをご覧になると思いますが、自動車に限らず、日本製品を信頼しています」
店で使われるドリンクのコースターもアサヒスーパードライでした。ロシア語で「飲み過ぎに注意」と書かれています。
ロシアにはアサヒビールのライセンス生産をしているビール会社があり、メイドインロシアのスーパードライが流通しているそうですが、極東ロシアのスーパーでは日本で製造され日本語表記のビール缶にロシア語のシールが貼られた状態で販売されています。ロシアの国産ブランドと比べると値段はかなり高いのですが、一定の人気があるそうです。
北村さんはこう話します。
「ロシアの生活では普段の自炊でももっぱら洋食ばかりなので、タイや韓国の料理から和食まで、さまざまなアジア料理が食べられるのはうれしいです。実は、私のこの店のいちばんのお気に入りメニューは抹茶フォンダンショコラ。まさかハバロフスクで食べられるとは思ってもいませんでした」
さらに次のように続け、期待を込めて話してくれました。
「ハバロフスクで和食というと寿司ロールが一般的なのですが、最近ではうどんや餃子など日本の普通の料理を提供する店が増えています。極東ロシアと日本は距離も近いため、これからますます人の交流が進み、さらに食の交流につながればと思います」
アムールの日暮れ。川沿いに建つホテル「インツーリストホテル ハバロフスク」の窓からの眺めです。
※今回の記事はコロナ禍前の情報で、現在同店は営業していないようでした。ハバロフスクの最近のグルメ事情を知っていただくのに参考になる面白い店だったので、紹介させていただきました。
(撮影/佐藤憲一)
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。